Entries

「古都」(1963 松竹/大船)における武満徹の音楽について

川端文学の映画化というと、その音楽も脚本に合った日本的な美しさを強調した、
かつ儚さの漂う作風を想像してしまいます(実際そうなっているものが多いです)。

この時代の武満は少し前に発表された「ホゼー・トレス」(1959)や「不良少年」(1961)
で調性のある聴きやすい音楽(他の作家とは一線を画する音楽ですが)を付けていますので
「古都」もこの延長で来ると思って観たのですが、その予想が
笑ってしまうくらい裏切られました。武満は同時にこの頃「おとし穴」(1962)、
「砂の女」(1964)などの、まさに音響としかいいようのない、特異な音を
付けている作品も多いのですが、「古都」の音楽もどちらかというと
これに近い雰囲気を持っていました。

様々な素材(楽器も含めて)を使って生みだした音をそのまま、または
電気的に変調して用いているようで、その使い方は、映像に寄り添うような
ものではなく、映像と同じレベルで主張しているとしかいいようのない
強いものでした。ただ、無駄な音付けは一切していません。
音の無いシーンが延々と続いた後突然インパクトの強い音響が入ってきたりします。
...

この音はいったい何なんだろう?と思いながら観ていましたが、
私には、映画の中で大きな位置を占める祇園祭りの山鉾巡行での祇園囃子の
音響を解体し、現在の素材(楽器?)や新たに作り出した音響で再構成して
いるように聴こえました。打楽器の類と、弦楽器による高音での不協和音に
よるとても厳しい音(音楽とはいえない...)は、祇園囃子の音と時に重なり、
時には派生させた新たな音響として映像と対峙しているように感じます。
つまり、美しい調性音楽になんか成り得ないんですよね。

この作品を観て、この音の付け方に違和感を覚える人もいるかと思いますが、
私は、むしろこの様なテンションの高い、厳しい音響を付けることによって
美しい京都の映像をセンチメンタルに貶めることなく、作品全体が
(元となる文学も含めて)引き締められているように感じました。

姉妹が出会うシーン
祇園祭りで姉妹が出会うシーン。
このシーンあたりからグイグイと映画に引き込まれていきました。


中村登監督の演出は角がなくとても美しいです。安心して観られる感じです。
当時の京都の美しさが存分に伝わってきます。
岩下志麻さんが二役で、その二人で会話をするシーンが何度も出てきますが、
合成による違和感がほとんど感じられませんでした。
撮影を担当した成島東一郎の実力を見せつけられた感じがします。素晴らしい!

杉林で語り合う姉妹
杉林で語り合う姉妹


ほんの数十年前の京都はまだ、とても美しかったことがよく分かる映画です。
どうしてこの風情を残しておくことができなかったのか、と思うととても残念です。
京都買います」という人が出てくるのも頷けます。

美しいラストシーン
とても美しいラストシーン。なぜかこの映像に強く惹かれました。


(補足)実相寺昭雄監督の「怪奇大作戦」の第23話「呪いの壺」とよく似たシーンが
  ありました。(この作品は、私的には怪奇大作戦の中で最高の作品だと思っています。)
  実相寺監督がこの作品を観て参考にしたのか、
  はたまた京都で撮影すると同じようなシーンになってしまうのか.....などなど
  色々と考えてしまいました。
  美しい京都の風景が見られるこの作品も超おススメです。

(2011.1.1深夜に観賞。購入したDVDにて。)

スポンサーサイト
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://tadpolizemedia.blog118.fc2.com/tb.php/95-9ab5bec1

0件のトラックバック

0件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

プロフィール

 二代目松四郎

Author: 二代目松四郎


「カメラと動画(+スチル写真)」
「音響と音楽」
「プログラミング」
を主なテーマに活動しています。
映画館と美術館と音楽ホールと
古い街並みが私の学校。

宮城県仙台市在住。

カテゴリー

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Counter