3月に入ったのにも関わらず仙台の夜は真冬並みの寒さである。
冬といえば…
シベリウスの交響曲第7番は私にとって特別な存在である。
寒い冬の夜更けにこの曲を聴いていると私の意識は、
10代まで過ごした故郷の冬の光景をRemote Viewingしているような
状態になってしまう。一面が雪に埋もれた大地を、雪をかき分けながら
ただあてもなく歩こうとしている自分を想像してしまう。
1メートル以上も雪が積もると外は残響の出ない異様な音空間となる。
空は昼でも鉛色である。夜の空は…。寒さの為に動作も極端に鈍り、
すべてが静的となる。喩えようのない重苦しい空間が形成される。
この曲では、祈りにも似た宗教的な美しさをたたえた旋律が生まれては消え、
時には複雑に絡み合い、また時々重厚な響きとなって私の心に迫ってくる。
これがまた真冬の情景そのものなのである。
交響曲は標題音楽ではない(筈)なのだが、どうしても鉛色の薄暗い空間や、
厳しい寒さの中で震えている自分を思い浮かべてしまう。
それほどまでに
シベリウスの音楽は北の音楽なのである。
寒さのイメージを意図的に作りこんでいるとは思えない。
意図しなくてもついつい染み出てくるもの、ここに創作の本質を垣間見るような気がする。
勝手な解釈だが。
この濃密な音響空間のなかで、自然の厳しさや尊さを知り、あるいは現実世界を受け止め、
生きる希望に繋げていくことなど、色々なことを考えさせられる。
曲全体が20数分と交響曲としては短いが、極めて濃密な時間を与えてくれる。
後期ロマン派の作品に見られる時間の長すぎる作品は、私にはとても冗長に感じるので
これくらいの時間が心地良い。
7番交響曲以外には、4番、6番が好きだ。どれもエネルギーが内側に強く放射されている
感じがするからである。”内側の世界”に連れて行ってくれる作品は冬の夜に聴くのが良い。
私の愛聴盤は廃盤のようだが、一応御紹介しておく。
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